初夏
五月の初夏なのに、セミがミンミンと耳障りな音をたてている。木陰に逃げ込んでも暑さからは逃れられず、ジェスは構内を、持参した団扇片手に彷徨っていた。
「むう……教育学部棟にいるのは間違いない。だがマナ君はどこにいるのだ?」
パタパタと団扇を扇ぎながら、ジェスは誰に話し掛けるでもなく、独り言を凄まじい勢いで語り出した。
「五月にセミが鳴き始めるのも、やはり温暖化が影響しているのだろうか。僕としては暑いのも寒いのも苦手だから夏に暑くなるのは御免被る。だが冬に暖かくなってくれるのは大歓迎だ。しかし温暖化は海面の上昇を招き、色々と僕等に不利益をもたらすからな、やはり総合的に見るのであればデメリットの方が大きい」
「あ……あの、ジェスさん? 誰と話しているんです?」
声の主が誰なのかわかっていたジェスは背を向けたまま答えた。
「独り言だ。気にしないでくれたまえ、木一君」
「……えと、やっぱりその『キイチ君』というあだ名は、違和感があるんですけど」
幸一が珍しく反論すると、ジェスはやはり背を向けたまま、閉じた団扇を幸一に差し向ける。
「鈴木幸一。これを普通に略すなら、おそらくは最近ロザリア君が呼び始めた『コウ君』となるのだろう。だが君はそれでいいのかね? 万人と同じ呼ばれ方をしてもいいのかね? 君の苗字はただでさえありふれた苗字だ。せめてあだ名だけでも特徴のあるものにしたいとは思わんかね? 鈴木の木と、幸一の一を合わせた実に芸術的な名だと僕個人は思うのだが」